というわけで、実夏は、ちっとも片づかない書類整理の合間合間に、レムから渡されたメモを片手に、学園内部、そして近隣のコンビニを徘徊する羽目になった。

「だいたい、この辺りのコンビニの品揃えはおかしい。いつ行ってもデザートの棚が空だもの」

今夜もまたスイーツ狩りに駆り出された実夏が、レムに託されたクーラーボックスを肩から掛け直しながら口をとがらせると、千世が冷静に分析した。

「夏休みで生徒が減ったので、入荷を絞ったのでしょうか」

「構内のコンビニなら分かるけど。でも、この辺りのコンビニが全部そうなんだ。坂の下にあるお店もだよ?」

「この町のコンビニすべてに足を運んだわけでもないでしょうに」

運んだんだよ。メモに書かれたものがひとつでも欠けていると、ものすごく怒られるんだから」

実夏が強い調子で訴えると、千世は、それはそれは、と慇懃無礼な調子で肩をすくめた。

実夏の護衛であるはずのこの少女は、なにが気に入らないのか、買い出しに付き従うとしてもせいぜい校門までで、学校の外までは付いて来ない。実際、校門に付いてきてくれるケースですらまれで、部室棟の入り口で見送ってくれればいい方だ。

「こんなことなら、通学バスの定期パスを取っておけばよかった」

「たいして役に立たなかったと思いますよ。夏休みはバスの本数も減りますから」

ことあるごとにこの学園にうんざりさせられている実夏だが、ひとつ感謝しているのは、構内に複数のコンビニチェーンが出店しており、おまけに、寮生の需要に応えるために二十四時間営業していることだった。

ほとんどの店舗は新しい南寮の近くに建てられているので、大学に近い部室棟から歩くとそこそこの距離があるが、学内だけでおつかいが済むのであれば、こんなにありがたい話はなかった。

南に面した斜面を折れ曲がりながら下る坂道は、きちんとしたアスファルトの公道ではあるものの、実際はほぼ学園専用で、夜間は人通りがまったくなくなるし、昼間は昼間で、ぎらつく真夏の太陽から身を隠すすべがない。

外寮生や下宿生の利用を見込んだ出店も多いため、学園近辺だけで主要な全国チェーンはすべて網羅できてしまうのだが、それでも、クーラーボックスを肩から下げて、曲がりくねった坂道を上り下りする苦労に比べれば、学内コンビニ行脚など散歩とも呼べなかった。

――そして

その夜は、実夏にとって、またしても訪れた不運な夜だった。

実夏が訪れたとき、南寮近くのコンビニは、どこも甘味専門の蛮族が根こそぎ略奪を繰り広げた後だった。

おにぎりはあるし、サンドイッチもあるし、サラダや弁当、飲料やお菓子の棚にだって商品は残っていたのに、ただデザートの棚だけがびっくりするくらいすっからかんで、(なぜ何もないただの空間がそんな空気を醸し出せるのか不思議だが)荒涼とした気配すら漂っていた。

そのせいで、実夏は、いったん向かった南寮から取って返して、坂を下った途中にあるコンビニを目指している最中だったが――

「それで、その近道はどこにあるの?」

「グラウンドの向こう側に。階段を下りて、そのまま突っ切ってしまいましょう」

さすがに境遇をあわれんだのか、校門に向かう途中で、千世が、下のコンビニに行くなら近道がある――と、珍しく自分から切り出して、二人はルートを変更したのだった。(ちなみに、それってつまり、これまでボクが遠回りしていることを知っていながら、ずっと黙っていたってことだよね……と実夏が気付いたのは、悲しいことに、千世と別れて一人きりになってからだった。おそらく、ここらへんの甘さが、実夏がいつまでたっても千世から主人扱いしてもらえない原因なのかもしれない)


コンクリートの階段を下りて、しんと静まり返ったグラウンドへ足を踏み入れると、真夏の闇がふたりを包んだ。

風はなく、空には満天の星。どこかからジージーと虫の鳴き声。

平らでだだっ広いグラウンドで動くのは、実夏と千世の姿だけ。

地面近くに沈殿した闇は、息が詰まりそうなくらい濃密で、腕や脚にまとわりつき、動きにあわせて攪拌されて、コーヒーにシロップを混ぜたときのように渦を作るのが、気配で分かるくらいだった。

「ここです」

千世が実夏を導いたのは、グラウンドの隅の雑木林だった。

運動部ではない実夏は、こちら側まで滅多に足を運んだことがなかったのだが、言われてみれば、確かに、獣道のような、足跡で踏み固められた道が、下生えの中を森の中へと続いていた。

千世の話によると、この道は不心得な寮生か、手間を惜しんだ運動部員の開発したもので、道をたどって雑木林を突っ切れば、坂途中のコンビニの裏手に出られるようになっているのだという。

……が、

茂りに茂った木の枝で頭上を覆われた林の中は、グラウンド以上に濃密な闇に覆われていた。

ただ暗いだけではない。

闇に包まれた無人のグラウンドだって、不思議と言えば不思議な場所だったが、それはあくまで人の世界における人工的な不思議さだった。

だが、こちらの闇は――人の立ち入りを拒絶するような、あるいは不用意な犠牲者の侵入を舌なめずりして待ちかまえるような、言うなれば敵意を帯びた闇だった。

「えー……と、付いてきてくれるんだよね、千世?」

実夏が呼びかけると、しばらく沈黙を楽しむ気配がした後で、千世はどこか楽しそうに答えた。

「……どうでしょう」

「だって、千世の役目はボクの護衛――でしょ?」

千世は無言のまま答えなかった。この場合の沈黙は、つまり肯定を意味する。

「ボクが途中で誰かに襲われたら、って思わない?」

千世はまた返事をしなかったが、沈黙の意味は明らかにさっきとは異なっていた。今回のは、どこにそんな物好きが――の意味だ。

「いやいやいや、分かんないよ? どこのコンビニに行っても棚が空なんだから、スイーツを狙う連続スイーツ強盗が出没するかもしれないよ? それか、危険な野生動物か」

また無言。

「ふつう逆じゃない? 構内は大丈夫だけど、その先は危険だから付いてゆきます、っていうのが護衛じゃない?」

「いいえ。この学園は外より中の方がよほど危険です。学園を出れば大抵のことは安全ですよ」

このときに限って、千世はきっぱりと断言して、それはたしかに正論だったが、この場合は一般論に過ぎるようにも思われた。

「それは、そう……なの、かもしれないけど。でも、この町は―― 校門を出ても、この町全体が学園みたいなものだって、千世も前に言わなかった?」

「言いました」

「じゃあ――」

「でも、私はあなたを信頼していますから」

護衛というものは、主人への信頼度如何で、警護の範囲を勝手に狭めてよいものだろうか。実夏は、たまに、忠実な部下を自称するこの少女が、本当のところどれくらい忠実なのか、疑問に思うことがある。

しかし、すくなくとも九曜千世は、いったんこうと決めたことには、頑強なまでに忠実な人間だった。

返事を求めて振り返ったとき、いつの間にかその場に千世の姿はなく、結局のところ、実夏はこの夜も、ひとりでコンビニまで行って戻ることになったのだから。


ただでさえ忙しいのに、なんでこんなことまで――という思いがなかったわけではない。でも、本音を言えば、実夏だって蘭が回復が嬉しかったのだ。

蘭の放心はどこからどう見ても異常だったから、彼女がまた憎まれ口をたたきはじめたことに、実夏は自分でも意外なくらい安堵していた。

なにより、蘭は、レムの予言とは違って、無気力状態から一気に狂躁化して、想像もつかない――というか、想像したくもない――「次の計画」のために、猛然と他人に迷惑をかけ始めたりはしなかった。実夏はこの点を非常に高く評価していた。

そういうわけで、そびえ立つ書類の山を別にすれば、実夏にとって、夏休みは悪くない滑り出しだった。

実際のところ、書類の山だって、一学期に実夏が体験した数々のトラブルと比べれば可愛いものだった。たとえ、いまだ法則性の糸口さえ見つからないせいで、寮に帰るに帰れず、夏休みが始まって以来、ずっと部室で寝起きする羽目になっているにしても――だ。

少なくとも、書類の山は、突然切りかかってきたり、人の記憶を混濁させたり、学園を二分する抗争に実夏を巻き込んだりはしない。

蘭の回復がずっとこのペースで、夏休みが終わるまで寝たきりでいてくれれば、何も言うことはない、と思っていたくらいだ。

――夏休みの二週目に入ってから三日前の早朝、生徒会執行部の面々が、生物部の部室に突然踏み込んでくるまでは。

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※下にあるのは、上のどきどき☆スイーツ・パニック(その3-4)用のコメント欄です。

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学園の夜空は、とかく厄介事の絶えないこの場所において、実夏が手放しで賞賛できる、数少ない事物のひとつだった。

場所が山の上で、周囲に明かりが少ないおかげで、転校前に住んでいた町とは比べものにならないくらい、たくさんの星が見える。夜空が星で明るいという現象を、実夏はここへ来て初めて体験した。

「見て、千世。今夜は満月だよ」

実夏が星空を仰ぎながら呼びかけると、いつも通り斜め後ろに付き従っていた自称忠実な従者は、あれは十三夜です、と冷静に訂正した。

「そうなの? 満月じゃなくて?」

「ええ、わずかに欠けていますから」

真夏の星座で満ちて、黒よりも藍に近い明るい色に染まった空と、中天近くに浮かんだ、大きな白い月――千世の言った通り、真円に近いそれは、端にわずかな陰がかかっているようだった。

「ほんとだ。左側がちょっとだけ欠けてる?」

そのとき二人は、広いグラウンドを一段高いところから見下ろす高等部校舎の脇を、通用門へ向けて歩いていた。

校舎側には花壇があり、反対側にはところどころに灌木が植わっていて、グラウンドへ下る芝生のスロープが続く……

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「ねえ、レム。面白いよ。蘭のことが出てくる」

この日、レムは、持ち込んだ大量の化粧品と化粧道具を駆使して、蘭の顔色をなんとか健康的に見せようと頑張っていた最中だったので、そうデスか、と生返事をしただけだった。

「これ、中等部一年のときの記録だ。すごいじゃない。学園の水問題に貢献した天才児って書いてある。べた褒めだよ」

「先生がいらっシゃった頃の記録デスからね」

「先生?」

「この学園には、クスノキが師と仰ぐ先生が在籍シていたのデスよ。クスノキはその方の元で学ぶために、この学園に入学シたのデス」

極端に短い蘭のまつげを綺麗に持ち上げようと、さっきからビューラーを片手に悪戦苦闘していたレムが、頭を上げて、記憶をたどるように遠くを見やった。

「なにしろ歴史の古い学園デスし、おまけに生徒の数が数デスから、ワタシが中等部に入った頃、学園の下水システムは、すでに限界を大きく越えていたのデス。中等部の校舎や南寮でも、排水口があふれて汚水が逆流するなんてシょっちゅうでした……

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――というわけなんだけど、と事情を説明してはみたものの、話す前からうっすらと予感していたとおり、書類の山は、実夏が部室に泊まり込んで、ひとりで整理することになった。

蘭は当然のように無反応を貫いていたし、ちょうどそのとき、膝に乗せた蘭のくせっ毛頭を三つ編みに編み込んで、自分とお揃いにしようと張り切っていたレムは、にこにこしながら編みかけの髪を持ち上げて、「ごめんなさい。忙しいんデス」の一言だけ。一縷の望みを託して振り返ってはみたものの、そこに居た千世も、「申し訳ありませんが、私の役目はあなたを守ることですので」と、にべもなかった。


山と積まれた段ボール箱の中身は、うんざりするほど雑多で無軌道だった。

年度ごとの予算配分の表に、部活や同好会の設立申請書に予算申請書、休部・廃部報告、日誌に議事録、スピーチの原稿、学校行事の企画書に報告書、生徒に提出させた反省文や誓約書、会報その他学内で発行された資料や刊行物――なるほどこれは生徒会の書類でしかあり得ないとうなずけるものもたくさんあったが、問題は、わけのわからない書類の方だった……

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「――で、巨大な影に関しては、どう? これも本当なのかな?」

「目撃した警備員がいまだ生徒会の手の内にあるので、直接の確認は取れていませんが」千世が考え深そうに続けた。

「配下の者が確認したところによると、図書館周辺の警備が普段より厳しくなっているのと、建物の壁に大きな穴が開いているのは事実です。穴の規模と位置、がれきの散乱状況は、人間以上の背丈のものが強い力で内側から打ち壊したという、先ほどの説明と合致します」

「そうなんだ」

実夏にとっては嬉しくない報告だった。犯人が<影像体>を使ったという証言が確かであれば、蘭が事件に関わっている可能性は、それだけ高くなる。

「蘭とレムが18日の晩どこに居たかは――?」

返事がないので振り返ると、千世は実夏に向かって無言で肩をすくめて見せた。

そこまでは手が回らない、ということなのか。あるいは、蘭と口げんかばかりしている千世のことだから、あの女のことなど知らない、というニュアンスが含まれていたのかもしれない。

「じゃあ、副会長の言うとおり、蘭かレムがやったかもしれないんだね?」

「可能性としては」

実夏は嘆息した……

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その日の夕方、執務室からの帰り道に、実夏が、節々が痛む体を引きずり、両手で抱えた段ボール箱の取り扱いに苦労しながら、どうして助けてくれなかったの、と愚痴を言うと、九曜千世はこう答えた。

「どうせ私は無口で無神経な石のような女ですから」

「すぐそういうこと言うんだから」

実夏は斜め後ろを振り返ったが、ふだんから感情の読みにくいツリ目の少女は、まったく表情を動かさずに、無言で見返してきただけだった。

そういう状況に陥るたびに思うのだが、にらめっこで千世にかなう人間がいるとしたら、それこそ久慈院副会長くらいのものだろう。

沈みかけてなお力を失わない夏の太陽は、部室棟へ続く石畳の小道を歩くふたりに、執念深い光を浴びせていた。

左右に続く街路樹の影が、たまに細長く幅の狭い避難所を提供してくれる以外、ふたりはまったく無防備だった。

段ボール箱の重さも手伝って、実夏の額や胸元からは、さっきから汗が幾筋も流れていた。ブラウスのボタンを二番目まで外しても、汗はいっこうに止まらず、実夏は夏服を着てきた自分に対する自信を取り戻しつつあった……

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「そして、不完全な力を補うために、<迷宮図書館>に収蔵された<法具>を狙った。可能性として、十分にあり得る話だと思いませんか?」

確かに筋は通っていた。人に迷惑をかけることが三度のおやつより大好きで、迷惑をかける相手が<能力者>もしくは生徒会の人間であれば、おやつ六回分で喜んで手を打つ蘭なら、ひょっとしたらやりかねないと、実夏ですら思う。それでも――

「思いません」

「あら」

実夏が断言すると、副会長は書類を前にかざしたまま、目線だけを持ち上げて実夏を見た。

「それは何故?」

「彼女は<泉>の力が嫌いです」

しばらく実夏と目を見合わせた後で、副会長はくすりと笑って、やれやれとでも言いたげに小さく首を振った。

「彼女は良い理解者を持って幸せですね」

「……ありがとうございます」

「たしかに、楠木蘭が力を得るために<法具>を狙うとは、考えにくい話です。しかし、彼女の信奉者なら――? 彼女の弟子とかいう、あの後藤という同級生が、彼女のために暴走した可能性はありませんか?」

「レムがですか? 彼女はいまの楠木以上にふつうの生徒ですよ?」

「そうですか? たしかに、<能力>持ちでも<法具>使いでもありませんが、私には、彼女はとても変わった生徒であるように思えます」

実夏は副会長を見返したが、今回、久慈院副会長は、書類で完全に顔を隠していた……

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「あなたは、事件の起こった時刻も、二人と一緒に?」

「いえ。わたしと九曜は寮に戻っていました」

「そして、あの二人は部室に残っていた?」

「いつものことです。楠木は部室で寝泊まりしているので」

「二人を最後に見たのはいつです」

「寮に帰る前の夕方ですから、午後4時から5時の間です」

「では、事件が起こった午後11時から、19日の午前0時半にかけて、二人がどこにいたか、あなたは知らないのですね?」

「確認はしていません。でも、翌朝部室に行ったときも――」

「知らないのですね」副会長が、静かに、しかし反論を許さない冷たい調子で遮った。

「……確かに知りません。でも、わたしには、楠木にそんな事件が起こせたとは思えません」

「と言うと?」

「副会長もご存じのはずです。体育祭の一件で、楠木は研究の成果をすべて失ったんです。今の彼女には何の力もありません。言ってみれば、楠木は功労者なんですよ。それなのに、まだ疑うなんて」

「<千の魔女サウザンディア>事件で彼女が果たした役割に関して、学園は深く感謝していますよ、白井実夏」

顔を上げた副会長が、鋭い眼差しで実夏を見据えた……

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「そして、彼女の主人であるあなたの耳には、当然、九曜さんの入手した情報がすべて入ってくる。違いますか?」

「誤解です。ご承知かと思いますが、彼女の口の固さは筋金入りです。裏で何かが起こっているときでも、わたしに教えてくれたためしがありません」

実夏が答えるにつれて、斜め後ろから発される気配は、明らかに剣呑な方向へ変化していていたが、実夏は気がつかないふりをした。

副会長に影響された――というのは言い訳だけど、皮肉が混じっていたことは否定できない。しかし、千世が無口で、実夏に対していまだに秘密主義を貫いているのは事実だ。

「結構。信じましょう」副会長が書類をめくりながら、どうでもよさそうにうなずいた。

「――で、楠木さんは? たしか、呼び出しには、彼女も含まれていたはずですが」

「彼女は――」実夏は言いよどんだ。

この頃、すでに極度の無気力状態に陥っていた蘭は、部室の床にへばりついて、見えてはいけない種類のものを目で追っているかのように、曖昧な視線を虚空に迷わせていた……

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――小人閑居して不正をなす、と言いますから。

そう言ったのは久慈院副会長で、あれは、夏休みの始まる前日の昼下がり、生徒会執務室での出来事だった。

「……では、事件のことはなにも知らないと?」

そのとき、実夏は、夏服の半袖ブラウスにスカートという格好で、副会長の前に立っていた。

副会長は、実夏に目もくれずに、革張りの役員椅子に腰掛け、マホガニーの執務机に整然と積まれた書類の山から一枚取り上げ、目を通し、ときおりペンを走らせては、反対側にあるもう一つの山に積み上げていた。

それでも、実夏には、彼女の注意力が、見た目に反して実夏とのやり取りに向けられていることが分かっていた。そして、この尋問が、決して執務の片手間の形式的なものでないことも。

副会長の背後にそびえるに高く伸びたガラス窓からは、鋭いくらいまぶしい夏の日差しが、まっすぐ部屋の中に飛び込んでいた。

しかし、天井の高い執務室を隅々まで支配していたのは、ぴんと張りつめた冷たい緊張だった。

正直なところ、実夏は、夏服を着てこなければよかったと後悔しはじめていた……

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だいたい、実夏と千世に対しては過剰にかばうくせに、顔一面をお化粧のキャンバスにしたり、髪に色とりどりのリボンを結んだり、くしゃくしゃのくせっ毛を綺麗に編み上げようと苦心したり、ふだんの蘭なら絶対に許さない蛮行に嬉々として手を染めていたのは、ほかならぬこの第一助手だった。

「でも、大丈夫なの?」

「なにがデスか?」

「そんなの食べさせたら、また鼻血出さない?」

「出すかもシれません」

蘭が心ここにあらずといった風情のまま口を動かすたび、チョコのかけらが頬や首筋にこぼれ落ちて、そのたびにレムが指先ですくい上げた――口の端から垂れた、茶色のよだれも。

「でも、ホラ、血行がよくなってきたでシょう?」

本当に、出会った頃に比べれば、蘭は健康的になった。

今でも顔色は悪いし、しょっちゅう偏頭痛を起こしては、動物のようなうなり声をあげながら、世界中を恨んでいるような目つきで徘徊するし、たまに貧血でぶっ倒れるけど、春に比べればずいぶんましになった。そして幾分清潔になった……

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まず口火を切ったのは、この時も九曜千世だった。

「いい加減この鳥の巣頭をどうにかすべきではありませんか、実夏様。このまま放っておいては公衆衛生に関わります」

「うん、そうかも。どうかな、レム。病院に……」

実夏がそう言いかけると、レムは膝枕を続けたまま、大柄な身体で蘭に覆い被さるようにして反論した。

「駄目デス。ビョウインは駄目デス。なんであんなヤブ医者のところに連れていったんだって、クスノキはゼッタイ怒ります」

「いい先生を探してもらう。ほら、レムも知ってるじゃない。診療所に――」

「ミナツさんはなにも分かっていません。クスノキにとって、医者は誰であろうがすべからくヤブなのデス」

「では墓に埋めてしまいましょう。そのほうがいっそ後腐れがない」

そんな酷いこと言わないで下さいー、とレムは千世に抗議したが、事態はどう考えても、第一助手兼お世話係を自任する背高のっぽの少女に不利だった。

ただでさえ血色が悪く、土気色の荒れた肌をして、がりがりに痩せぼさぼさの髪をした蘭が、白目を剥きまぶたを半開きにして床に転がっているのだ……

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結局のところ、すべての元凶は蘭だったのだ、と実夏は思う。

その夏、蘭はひどく不機嫌だった。彼女の言う「鼻持ちならない魔法使い」たちに支配された学園を転覆すべく、精力を傾けて開発してきた影像体シャドウボディが、よりによって規則正しい三度のご飯よりも大嫌いな魔法の副産物であることが判明したばかりか、体育祭の一件の余波で、研究の成果すべてが失われてしまったからだ。

そういうわけで、夏休みのはじめの一週間、蘭は、生物部の部室で、レムの膝を枕にふて寝を決め込んでいた。

ふて寝といってもただのふて寝ではなく――だいたいにおいて、蘭のしでかす物事が、「ただの」で済んだためしがない――そんじょそこらのふて寝とは格の違う、ふて寝の新次元を切り開きかねない壮絶なふて寝を。

ふだんの制服と白衣のまま、部室の床に直接寝転がる――サイズの合わないぶかぶかの白衣には、血痕や正体不明の謎の斑点が歴史のように染み着いているし、いつ掃除したか分からない年代物の木の床板は、危険な薬品や実験の過程で産み出された名状しがたい液体をたっぷり吸った結果、味と呼ぶには不穏すぎる奇妙な光沢を放っているが、それはまあいい……

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2K Gamesの広報担当Greg氏が、CivFanaticsのフォーラムにて、次のパッチで追加される「要望の多かった機能」の正体をアナウンスしました。


その機能とは……ホットシート! ひとりのターンが終わったところで、別のプレイヤーと席を交代してプレイする、1台のマシンで遊べるマルチプレイです。

もちろん、パッチでは、ホットシート以外の機能も追加予定。パッチは6月か、もしかしたら7月はじめ頃にリリース予定です。

参考

ジャンル: Sid Meier's Game シリーズ: Civilization V/Civ5情報 [ Permalink ][ View Comments ]

クリーム色のリノリウムの床に、ぽたりと赤い血が落ちる。一粒、また一粒――ぽたぽたと音を立てて滴るねばりけのある液体が、清潔なコンビニの床に張り付く。

それはいらいらと蒸し暑い夏の夜更け。学園へ続く坂の中腹に建つ、うっそうと茂る暗い木立に背後を囲まれた、夜なお明るいコンビニの内部。

学園の制服を着た小柄な少女が、床に座り込んで、手首を掴むようにして自分の腕を押さえている。

半袖の制服からすらりと伸びた腕――手のひらの側を上に向けた、日焼けのない、まぶしいくらい細い腕には、深紅の糸が呪いのように巻き付いている。

糸を生み出しているのは、少女の腕に刻まれた一本の線――肘から手首へ向けて斜めに走る鋭利な切り口から、まるで岩の隙間からにじむように血の玉が湧きだし、ぷっくりと丸く膨れあがり、玉と玉が集まっては形を崩して流れてゆく。

「どうしたんです! どうして――いえ、誰にやられたんです!?」

ハンチングをかぶり、眼鏡をかけた私服の少女が、凛とした声で叫ぶ。

そのときまで自分の腕を呆然と見下ろしていた小柄な少女が、我に返ったように顔を上げる……

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