見たログ:『オーケストラ!』
公開:2010年06月09日時代はソ連崩壊後のロシア。かつて名指揮者と呼ばれたアンドレイ・フィリポフは、ブレジネフ時代のある事件を期に現役を追われ、いつか復帰させるという空しい約束を頼みに、ボリショイ劇場の清掃夫として生計を立てる日々を送っていた。
そんなある日、支配人室を掃除中だったアンドレイは、偶然送られてきた1枚のFAXに遭遇する。彼以外まだ誰も目にしていないその用紙には、フランスのとある劇場から届いた、ボリショイ・オーケストラの公演依頼が記されていた。
現オーケストラの惨状を知るアンドレイは、そのFAXからひとつの計画を思いつく。30年前の事件で、彼とともにボリショイを追われたメンバーを呼び集め、楽団をでっち上げるのだ! それは、夢破れ、清掃夫や救急車の運転手としてさえない人生を送る彼らにとって、一攫千金の手段であり、失った名声を取り戻す起死回生の策となるはずだったのだが――?
これは良い! 上のあらすじだけ読むと、ウォーターボーイズやスウィングガールズ、あるいはフル・モンティみたいな、甘い目論見で作られた急ごしらえの団体が失敗→一念発起して大成功へ……という、挫折からの成功物語に見えるかもしれないし、実際中盤まではそういう文脈で進んでゆくのだけど、後半にそれを超える展開が待ち受けているところがポイント。最初に大バラシしておくと、なにしろオケは一回も練習しないんだから! 「こういうオチだったらイヤだなー」と観客が想像した、失楽園のなれの果てみたいな方向性を回避して、見事に物語を昇華させてくれます。
中盤までの展開は、皮肉を交えながらのドタバタ劇。なにしろ、計画を思いついたアンドレイが最初に頼るのが、こともあろうに、30年前彼のコンサートを台無しにした当時の劇場支配人で、いまもなお共産主義を頑強に信仰する化石のような男だというのだから、アイロニーのセンスは抜群。
マフィアの誕生パーティーにサクラとして出席したら銃撃戦に巻き込まれたり、飛行場のロビーで堂々とパスポートを大量偽造したり、国外に出た団員たちが、練習などそっちのけで、ここぞとばかり外貨獲得に励んだり……と、崩壊後のロシアのアナーキーっぷりが、乾いた笑いたっぷりに描かれます。
圧巻は、ラストのチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。オーケストラとマエストロ、ソリスト、そして画面の前の観客がひとつになる、高揚感と一体感溢れる展開は、一人でも多くの人に体験してほしいところ。曲にあわせて、一緒に体が動いてしまうほどです。最初は笑えて最後にほろりとできる、とても良い作品。近くに上映館がある人はぜひ観に行ってください。
最後に、冒頭部でも触れた、この映画で論議を呼ぶひとつのポイントである、楽団がいちども練習しないことについて。もちろん作劇上の都合ってのが最大の理由なんだろうけど、僕は、このシチュエーション自体が、一種のパロディというか、皮肉として描かれていると思うんです。
ロシアのオーケストラを聴いたことのある人なら、たぶん同意してくれると思うんだけど、あの人たちって、曲での冒頭部では、「なんだこいつら。昨日のウォッカがまだ残ってるんじゃないか」みたいな、気の抜けた演奏をすることが多いんですね。文字通り耳を疑うような凡ミスや大ポカをやらかしたりする。
で、この分じゃ今日はダメかな、と思っていると、尻上がりに調子を上げていって、ノリノリに乗りまくって鳴らしまくり、クライマックスできっちり決めてみせる――みたいな、そういう性質がある。
この映画の描写は、そういうロシアオケのあり方を踏まえながら、極度に誇張していると言えるわけで、クラシックファンならにやりとできるところだと思うんですが……いかがでしょう?

