どきどき☆スイーツ・パニック(その2-2)
公開:2011年05月17日その日の夕方、執務室からの帰り道に、実夏が、節々が痛む体を引きずり、両手で抱えた段ボール箱の取り扱いに苦労しながら、どうして助けてくれなかったの、と愚痴を言うと、九曜千世はこう答えた。
「どうせ私は無口で無神経な石のような女ですから」
「すぐそういうこと言うんだから」
実夏は斜め後ろを振り返ったが、ふだんから感情の読みにくいツリ目の少女は、まったく表情を動かさずに、無言で見返してきただけだった。
そういう状況に陥るたびに思うのだが、にらめっこで千世にかなう人間がいるとしたら、それこそ久慈院副会長くらいのものだろう。
沈みかけてなお力を失わない夏の太陽は、部室棟へ続く石畳の小道を歩くふたりに、執念深い光を浴びせていた。
左右に続く街路樹の影が、たまに細長く幅の狭い避難所を提供してくれる以外、ふたりはまったく無防備だった。
段ボール箱の重さも手伝って、実夏の額や胸元からは、さっきから汗が幾筋も流れていた。ブラウスのボタンを二番目まで外しても、汗はいっこうに止まらず、実夏は夏服を着てきた自分に対する自信を取り戻しつつあった。
いっぽう、長袖のブレザー制服を乱れなく身につけた千世は、そもそも暑さという概念を知らないのではないかと思えるくらい、ふだんとまったく変わらぬ平静を貫いていた。
「そうじゃなくて、ボクが言ってるのは、その後のこと。自分の主人がああいう目に遭っているんだから、すこしくらい助け船を出してもバチは当たらないんじゃないかな」
尋問が終わった後、実夏は、あいかわらず大和撫子としての心構えがなっていないと、副会長からさんざんに説教されたのだ。
周囲をぐるぐる回られながら、立ち方がみっともないと、鞘に入った日本刀で背中や脚を叩かれたり、こんな風に扱うなんて髪が泣いていますと、ポニーテールに結んだ髪を引っ張られたり、だいたいこの顔からして気に入らないと睨み付けられたり――
お説教は尋問よりよほど長く続いて、帰りが夕方になったのも、体のあちこちが痛むのもそのせいだったが……
「私も、あなたはもう少し女性としての立ち居ふるまいを身につけた方がよいと思いましたので」
忠実な従者を自称しているはずの少女は、そう言って肩をすくめただけだった。
「いいよ、もう」
実夏は立ち止まって段ボール箱を膝の上に置き、片手で肩に掛かった髪をはらった。自分にはもったいないくらい美しい亜麻色の髪だが、こう長くては、夏場はさすがにわずらわしい。
「――それより、事件のことなんだけど」
「はい」
「副会長の話はどの程度信じていいのかな?」
「あの方は珍しく嘘を付かれなかったようです」
「へえ」
段ボール箱を持ち直しながら、実夏はさきほどの尋問を思い起こしていた。
夏休み直前の週末の夜、学園深部の<迷宮図書館>で発生した盗難事件。図書館であり、迷宮であり、<法具>の宝物庫であり、死蔵された知識と記憶が幽霊のようにさまよう場所。
その上階層に、蘭が開発した技術である<影像体>らしい幻影を操る何者かが侵入し、<法具>を奪い去ったという。盗まれた<法具>の名は――
「<幻月>と呼ばれていたそうです」と千世。
「数年前に海外のオークションで入手されたもので、使える者がいなかったために、倉庫で眠ったたままになっていたとか」
「名前が似ているけど、千世の<法具>と同じように刀なのかな?」
実夏が尋ねると、さあ、と千世は珍しく言葉を濁した。
「装身具だと聞いていますが、情報が少ないので」
何であれ情報を知らないことを良しとしない少女が、悔しそうに付け加えたところによると、<それ>はオークションで同時に購入された中では安価な方で、効力が判明しなかったこともあって、誰にも省みられないまま放置されていたのだという。
「騙されて偽物をつかまされたに違いないと、担当者を糾弾する声も、当時の理事会から上がったそうです」
「でも、盗まれたということは、そうじゃなかった?」
「どうでしょう。賊が最初からその<法具>を目的としていたのなら、可能性は高いですが」
千世は思慮深そうにおかっぱ頭を傾けながら続けた。
「――換金目的の物取りであれば、それこそ何でも良かったでしょうし。ほかの<法具>が目的だったが、その前に見つかったので、手近なものを奪って逃げ出した可能性もあります」
「闇市場に<法具>を持ち込めば、とんでもない高値が付くものね。でも、単なる泥棒目的なら、わざわざこの学園を選んで忍び込むものかな。それも、あの<迷宮図書館>に」
実夏は身震いした。実夏は、以前、<迷宮図書館>の最深部で、あやうく命を失いかけたことがある。<法具>が欲しいだけなら、ここより警備が薄い場所が、ほかにいくらでもあるはずだった。
「<法具>の側が適合者を呼び寄せる場合もあるんでしょう?」
「そういう例もあると聞いています。お婆様の話では、満たされない<法具>は適合者を強く引きつけるし、適合者が歪みを抱えていれば、その者もまた<法具>に強く惹かれるのだとか」
「省みられずに放っておかれた<法具>は、満たされないことになるのかな?」
おそらくは――というのが千世の返答だった。
「しかし、学園と図書館には、<封印>の力が十重二十重に働いています。<法具>が適合者を引き寄せる力も、それだけ弱くなるものかと」
「千世の場合はどうだったの? そういう引き合う力みたいなの、感じた?」
「私の場合、そういうのとはちょっと違いますから」
千世は、そう言った後で、あなたはどうなんです――と、珍しく質問し返してきた。
「ボクの場合だってそういうのとは違うよ」
実夏が答えると、千世は、そうでしょうか、と首を傾げた。
改めてそう問われてみると、確かに、実夏の場合、もはや「そういうのとは違う」とは言い切れないのかもしれなかった。――とくに、二度目に関しては。
