どきどき☆スイーツ・パニック(その2-3)
公開:2011年05月24日「――で、巨大な影に関しては、どう? これも本当なのかな?」
「目撃した警備員がいまだ生徒会の手の内にあるので、直接の確認は取れていませんが」千世が考え深そうに続けた。
「配下の者が確認したところによると、図書館周辺の警備が普段より厳しくなっているのと、建物の壁に大きな穴が開いているのは事実です。穴の規模と位置、がれきの散乱状況は、人間以上の背丈のものが強い力で内側から打ち壊したという、先ほどの説明と合致します」
「そうなんだ」
実夏にとっては嬉しくない報告だった。犯人が<影像体>を使ったという証言が確かであれば、蘭が事件に関わっている可能性は、それだけ高くなる。
「蘭とレムが18日の晩どこに居たかは――?」
返事がないので振り返ると、千世は実夏に向かって無言で肩をすくめて見せた。
そこまでは手が回らない、ということなのか。あるいは、蘭と口げんかばかりしている千世のことだから、あの女のことなど知らない、というニュアンスが含まれていたのかもしれない。
「じゃあ、副会長の言うとおり、蘭かレムがやったかもしれないんだね?」
「可能性としては」
実夏は嘆息した。平然とした千世の態度が、すこしだけ憎らしくなりながら。
「今まで事件のことをボクに教えてくれなかったのは、そういうわけ? 千世は蘭とレムのことを真剣に疑っているのかな」
「そういうわけではありません。ただ、ここのところ、実夏様はいつもあの二人と一緒にいらっしゃったので」
「一緒にいるときに言えないなら、やっぱり疑っているんじゃない」
「そうではありません」千世が真面目な表情のまま否定した。
「考えてみてください。二人が犯人でなかったとしてです。<図書館>で<法具>が盗まれた、しかも、現場で<影像体>らしき影が目撃された――と知ったら、あの鳥の巣頭がどう反応するか」
もちろん実夏には、蘭がどう反応するのか、簡単に想像できた。それはもう、想像しただけで目の前が真っ暗になるくらい、はっきりと。
トラブルが好きで、生徒会の失態がなにより大好きで、<影像体>の復活をなにより望む蘭のことだ。いままでの放心はどこへやら、一瞬にしてふだんの熱狂を取り戻し、実夏を学園中引きずり回して、首を突っ込まなくてもいい場所に、千世が言うところの、くしゃくしゃの鳥の巣頭を突っ込んで回るに決まっていた。たとえ、その結果、いちばん迷惑を被るのが実夏であれ、あるいは蘭自身であれ、お構いなしに。
――小人閑居して不正をなす、と言います
副会長が、執務室の隅に積まれた段ボール箱を、手に持った万年筆で指しながら発した言葉が、実夏の耳に蘇った。
副会長がほのめかした通り――このほのめかしには、明らかに、蘭の身長に対する当てこすりが含まれていたが――暇になった蘭はろくなことをしでかさないのだ。なにしろ、蘭は、暇でないときですら、ろくなことをしでかさないのだから。
「なるほど」と実夏は言った。
「そういうことです」と背後で千世がうなずいた。
蘭をよく知る二人にとっては、このやりとりだけで、互いの気持ちを察し合うには十分だった。
「この書類もそういうことなのかな?」
「そういうことだと思いますよ」
尋問の最後に、副会長が持ち帰るよう言いつけたダンボール箱。実夏が苦労しながら運んでいるその中には、生徒会関係の書類が、無造作かつ無頓着に放り込まれていた。
副会長が、一学期のさまざまな騒動に対する懲罰を名目に、実夏に――より正確に言うと、うやむやのうちに実夏が所属することになってしまった生物部に――割り当てた仕事。それは、夏休みの期間を使って、段ボール箱に入った生徒会の書類を分類し、整理することだった。つまり――
「夏休みの間じゅうボクたちを忙しくしておけば、一学期のようなトラブルをまき散らすこともないだろう、と」
「あの女の考えそうなことです」
実夏はため息をついて、かさばる段ボール箱を持ち直した。
「けっこうな量だよ、これ」
「そのようですね」
「……手伝ってくれるよね、千世」
「どうでしょう。あなたに割り当てられた仕事ですし」
「生物部に割り当てられた仕事だよ」
書類が満載されたダンボール箱は、確かにずっしりと重かった。ただ、この時点では、まだ軽口をたたけるだけの余裕が残っていた、とも言える。
その日の終わりまでに、実夏は、学園の規模と副会長の思惑を測り知るには、自分の想像力がまだまだ不足していたことを、いやというほど思い知ることになる。
日没後、段ボール箱を抱えた実夏が、ようやく生物部の部室にたどり着いたとき――部室は、学内宅急便で配送されてきた段ボール箱の山によって、すでに占領されていたからだ。
いや、山、という表現は的確ではなかった。書類を無理に詰め込まれて丸く膨れ上がり、箱としてのアイデンティティを喪失しつつある物体が、古い床板が断末魔のきしみをあげるほど、うずたかく積み上げられた様――それはまさしく、ダンボール箱の山脈だった。
