どきどき☆スイーツ・パニック(その3-3)
公開:2011年07月04日学園の夜空は、とかく厄介事の絶えないこの場所において、実夏が手放しで賞賛できる、数少ない事物のひとつだった。
場所が山の上で、周囲に明かりが少ないおかげで、転校前に住んでいた町とは比べものにならないくらい、たくさんの星が見える。夜空が星で明るいという現象を、実夏はここへ来て初めて体験した。
「見て、千世。今夜は満月だよ」
実夏が星空を仰ぎながら呼びかけると、いつも通り斜め後ろに付き従っていた自称忠実な従者は、あれは十三夜です、と冷静に訂正した。
「そうなの? 満月じゃなくて?」
「ええ、わずかに欠けていますから」
真夏の星座で満ちて、黒よりも藍に近い明るい色に染まった空と、中天近くに浮かんだ、大きな白い月――千世の言った通り、真円に近いそれは、端にわずかな陰がかかっているようだった。
「ほんとだ。左側がちょっとだけ欠けてる?」
そのとき二人は、広いグラウンドを一段高いところから見下ろす高等部校舎の脇を、通用門へ向けて歩いていた。
校舎側には花壇があり、反対側にはところどころに灌木が植わっていて、グラウンドへ下る芝生のスロープが続く。
人っ子一人いない深夜のグラウンドは、まるで堆積した闇が音を吸い込んだかのように、暗く静まり返っていた。
グラウンドの向こうには、雑木林がうっそうと茂っていて、木々に隠れたその向こうのどこかに、実夏がこれから目指すコンビニがあるはずだった。
一週間の間に、蘭の状態はやや快方に向かっていた。――彼女が以前の状態に戻ることを、「快方」と呼べればの話だが。
顔色が悪いのは元のままだったが、ときおり視線を動かして現世を見るようになったし、よほど加減の良いときには、二言三言言葉を発するようになった。
蘭の回復を一番喜んだのは、言うまでもなくレムだった。そして、一番迷惑を被ったのは、言うまでもなく実夏だった。
蘭が小康状態を取り戻して以来、彼女の保護者を一方的に買って出て譲らない長身の少女は、ひな鳥に餌をあたえる母鳥さながらに、デザートを蘭の口に片っ端から突っ込んでは、世話を焼く喜びに陶酔していた。
そして、汚れた白衣をまとった痩せぎすの少女が、膝枕の上で感想を漏らすたびに――正確に言うと、蘭の感想とはイコール不平なのだが――嬉しそうにいちいちうなずいて、時にはメモに書き留めたりするのだった。
ともかく、この二人に関して言えば、事態は幸せに完結していた。問題はその先だった。
生物部におけるデザートの保管場所はふたつ――蘭がふだん肩から掛けている携帯用のクーラーボックスと、部室の隅に置かれた冷蔵庫だ。
クーラーボックスは小型なので、入る量はたかがしれているし、保冷もたいしてきかない。
いっぽうの冷蔵庫だが、こちらはいつ製造されたかも定かでない、骨董品のワンドアときているので、容量と冷却能力に関しては、クーラーボックスに負けず劣らずあてにならない。
実際、この冷蔵庫について自信を持てることといったら、作られたのが電気の発明以後であることと(※動力源が電気なので)、遠からず壊れて使いものにならなくなるのが、すでに確定していることくらいだ(※ときどきコンプレッサーがひどく振動して、目覚まし時計か警報機並みのけたたましい音を立てるので)。
「どうしてこんな古いのをまだ使ってるんだろう?」
実夏は、折も折、これがロケットだったら今にも空高く飛び立ってゆきそうな勢いでガタガタ震える冷蔵庫に出くわして、おもわずつぶやいたことがある。
「――冷蔵庫があるだけましなのでは?」
というのが、そのときもまたいつもと同じく憎らしいほど冷静だった千世の返答で、その言葉の意味は、すくなくとも実夏にとっては明確だった。
- デザートに関してはどん欲で意地汚い蘭の食欲をサポートするには、生物部の保管場所は二つを合わせてもまだ足りない
- デザートが無くなったら、誰かが補充しなければならない
- そして、生物部で「誰か」と言ったら、それは実夏のことなのだ
