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どきどき☆スイーツ・パニック(その3-4)

公開:2011年07月16日

というわけで、実夏は、ちっとも片づかない書類整理の合間合間に、レムから渡されたメモを片手に、学園内部、そして近隣のコンビニを徘徊する羽目になった。

「だいたい、この辺りのコンビニの品揃えはおかしい。いつ行ってもデザートの棚が空だもの」

今夜もまたスイーツ狩りに駆り出された実夏が、レムに託されたクーラーボックスを肩から掛け直しながら口をとがらせると、千世が冷静に分析した。

「夏休みで生徒が減ったので、入荷を絞ったのでしょうか」

「構内のコンビニなら分かるけど。でも、この辺りのコンビニが全部そうなんだ。坂の下にあるお店もだよ?」

「この町のコンビニすべてに足を運んだわけでもないでしょうに」

運んだんだよ。メモに書かれたものがひとつでも欠けていると、ものすごく怒られるんだから」

実夏が強い調子で訴えると、千世は、それはそれは、と慇懃無礼な調子で肩をすくめた。

実夏の護衛であるはずのこの少女は、なにが気に入らないのか、買い出しに付き従うとしてもせいぜい校門までで、学校の外までは付いて来ない。実際、校門に付いてきてくれるケースですらまれで、部室棟の入り口で見送ってくれればいい方だ。

「こんなことなら、通学バスの定期パスを取っておけばよかった」

「たいして役に立たなかったと思いますよ。夏休みはバスの本数も減りますから」

ことあるごとにこの学園にうんざりさせられている実夏だが、ひとつ感謝しているのは、構内に複数のコンビニチェーンが出店しており、おまけに、寮生の需要に応えるために二十四時間営業していることだった。

ほとんどの店舗は新しい南寮の近くに建てられているので、大学に近い部室棟から歩くとそこそこの距離があるが、学内だけでおつかいが済むのであれば、こんなにありがたい話はなかった。

南に面した斜面を折れ曲がりながら下る坂道は、きちんとしたアスファルトの公道ではあるものの、実際はほぼ学園専用で、夜間は人通りがまったくなくなるし、昼間は昼間で、ぎらつく真夏の太陽から身を隠すすべがない。

外寮生や下宿生の利用を見込んだ出店も多いため、学園近辺だけで主要な全国チェーンはすべて網羅できてしまうのだが、それでも、クーラーボックスを肩から下げて、曲がりくねった坂道を上り下りする苦労に比べれば、学内コンビニ行脚など散歩とも呼べなかった。

――そして

その夜は、実夏にとって、またしても訪れた不運な夜だった。

実夏が訪れたとき、南寮近くのコンビニは、どこも甘味専門の蛮族が根こそぎ略奪を繰り広げた後だった。

おにぎりはあるし、サンドイッチもあるし、サラダや弁当、飲料やお菓子の棚にだって商品は残っていたのに、ただデザートの棚だけがびっくりするくらいすっからかんで、(なぜ何もないただの空間がそんな空気を醸し出せるのか不思議だが)荒涼とした気配すら漂っていた。

そのせいで、実夏は、いったん向かった南寮から取って返して、坂を下った途中にあるコンビニを目指している最中だったが――

「それで、その近道はどこにあるの?」

「グラウンドの向こう側に。階段を下りて、そのまま突っ切ってしまいましょう」

さすがに境遇をあわれんだのか、校門に向かう途中で、千世が、下のコンビニに行くなら近道がある――と、珍しく自分から切り出して、二人はルートを変更したのだった。(ちなみに、それってつまり、これまでボクが遠回りしていることを知っていながら、ずっと黙っていたってことだよね……と実夏が気付いたのは、悲しいことに、千世と別れて一人きりになってからだった。おそらく、ここらへんの甘さが、実夏がいつまでたっても千世から主人扱いしてもらえない原因なのかもしれない)


コンクリートの階段を下りて、しんと静まり返ったグラウンドへ足を踏み入れると、真夏の闇がふたりを包んだ。

風はなく、空には満天の星。どこかからジージーと虫の鳴き声。

平らでだだっ広いグラウンドで動くのは、実夏と千世の姿だけ。

地面近くに沈殿した闇は、息が詰まりそうなくらい濃密で、腕や脚にまとわりつき、動きにあわせて攪拌されて、コーヒーにシロップを混ぜたときのように渦を作るのが、気配で分かるくらいだった。

「ここです」

千世が実夏を導いたのは、グラウンドの隅の雑木林だった。

運動部ではない実夏は、こちら側まで滅多に足を運んだことがなかったのだが、言われてみれば、確かに、獣道のような、足跡で踏み固められた道が、下生えの中を森の中へと続いていた。

千世の話によると、この道は不心得な寮生か、手間を惜しんだ運動部員の開発したもので、道をたどって雑木林を突っ切れば、坂途中のコンビニの裏手に出られるようになっているのだという。

……が、

茂りに茂った木の枝で頭上を覆われた林の中は、グラウンド以上に濃密な闇に覆われていた。

ただ暗いだけではない。

闇に包まれた無人のグラウンドだって、不思議と言えば不思議な場所だったが、それはあくまで人の世界における人工的な不思議さだった。

だが、こちらの闇は――人の立ち入りを拒絶するような、あるいは不用意な犠牲者の侵入を舌なめずりして待ちかまえるような、言うなれば敵意を帯びた闇だった。

「えー……と、付いてきてくれるんだよね、千世?」

実夏が呼びかけると、しばらく沈黙を楽しむ気配がした後で、千世はどこか楽しそうに答えた。

「……どうでしょう」

「だって、千世の役目はボクの護衛――でしょ?」

千世は無言のまま答えなかった。この場合の沈黙は、つまり肯定を意味する。

「ボクが途中で誰かに襲われたら、って思わない?」

千世はまた返事をしなかったが、沈黙の意味は明らかにさっきとは異なっていた。今回のは、どこにそんな物好きが――の意味だ。

「いやいやいや、分かんないよ? どこのコンビニに行っても棚が空なんだから、スイーツを狙う連続スイーツ強盗が出没するかもしれないよ? それか、危険な野生動物か」

また無言。

「ふつう逆じゃない? 構内は大丈夫だけど、その先は危険だから付いてゆきます、っていうのが護衛じゃない?」

「いいえ。この学園は外より中の方がよほど危険です。学園を出れば大抵のことは安全ですよ」

このときに限って、千世はきっぱりと断言して、それはたしかに正論だったが、この場合は一般論に過ぎるようにも思われた。

「それは、そう……なの、かもしれないけど。でも、この町は―― 校門を出ても、この町全体が学園みたいなものだって、千世も前に言わなかった?」

「言いました」

「じゃあ――」

「でも、私はあなたを信頼していますから」

護衛というものは、主人への信頼度如何で、警護の範囲を勝手に狭めてよいものだろうか。実夏は、たまに、忠実な部下を自称するこの少女が、本当のところどれくらい忠実なのか、疑問に思うことがある。

しかし、すくなくとも九曜千世は、いったんこうと決めたことには、頑強なまでに忠実な人間だった。

返事を求めて振り返ったとき、いつの間にかその場に千世の姿はなく、結局のところ、実夏はこの夜も、ひとりでコンビニまで行って戻ることになったのだから。


ただでさえ忙しいのに、なんでこんなことまで――という思いがなかったわけではない。でも、本音を言えば、実夏だって蘭が回復が嬉しかったのだ。

蘭の放心はどこからどう見ても異常だったから、彼女がまた憎まれ口をたたきはじめたことに、実夏は自分でも意外なくらい安堵していた。

なにより、蘭は、レムの予言とは違って、無気力状態から一気に狂躁化して、想像もつかない――というか、想像したくもない――「次の計画」のために、猛然と他人に迷惑をかけ始めたりはしなかった。実夏はこの点を非常に高く評価していた。

そういうわけで、そびえ立つ書類の山を別にすれば、実夏にとって、夏休みは悪くない滑り出しだった。

実際のところ、書類の山だって、一学期に実夏が体験した数々のトラブルと比べれば可愛いものだった。たとえ、いまだ法則性の糸口さえ見つからないせいで、寮に帰るに帰れず、夏休みが始まって以来、ずっと部室で寝起きする羽目になっているにしても――だ。

少なくとも、書類の山は、突然切りかかってきたり、人の記憶を混濁させたり、学園を二分する抗争に実夏を巻き込んだりはしない。

蘭の回復がずっとこのペースで、夏休みが終わるまで寝たきりでいてくれれば、何も言うことはない、と思っていたくらいだ。

――夏休みの二週目に入ってから三日前の早朝、生徒会執行部の面々が、生物部の部室に突然踏み込んでくるまでは。

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